第4章 異形の守護者

2025年12月18日

北上川に沿って進むにつれ、風の匂いが変わり、空気はどこか澄みはじめた。川面は穏やかで、流れは速くない。それでも確かに、時を運ぶように南へ北へと続いている。


盛岡へ向かう前、こむぎはハンドルを切り「北上市立鬼の館」に立ち寄った。

民話や伝承に登場する鬼は、単なる恐怖の象徴ではない。信仰や祭礼、芸能、日常の営みと深く結びつき、時には災厄を祓い、時には村の境界を守る存在として人々の生活に根づいてきたのだ。

館内では、国内外の鬼の姿が展示されていた。その一角でこむぎの足を止めたのは、鬼剣舞(おにけんばい)の映像だった。 北上市を中心に伝承されてきたこの舞は、鬼が太刀を手に勇壮に舞う芸能である。しかし、そこに描かれる鬼は人を脅かす者ではない。祖霊や精霊の化身として、五穀豊穣や無病息災を祈り、死者の魂を鎮め、村を守る役割を果たしてきたのだ。


太鼓と笛の響きに合わせ、重厚な面をつけた鬼たちが剣を振る。その動きは荒々しくもあり、同時に整然としている。解説にはこうあった。

「剣は誰かを斬るためではなく、結界を開き、邪を祓うための象徴である」と。

こむぎはしばし見入る。ここでもまた、力は破壊のためではなく、守るために使われているのだ。

そのとき、展示室の隅から声がかかった。
「鬼って、怖いだけの存在だと思っていませんか?」

振り向くと、女性職員が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「男鹿のなまはげも、神の使いと言われているんです。異形だからこそ、人とは違う力や役割を持つこともあるんですよ」

こむぎを見つめ、少し首をかしげてから職員は問いかけた。
「あなたも、人の言葉を話す小さな旅人さんでしょう? きっと、あなたにしかできないことがあるはずです」


こむぎは胸の奥で静かな興奮を覚えた。力は守るためにある。それは自分自身の旅にも重なるもののように思えた。
自身の手に握られた旅の道具、背中に感じる風、道中で出会ったさまざまな不思議。すべてが、自分にしか見えない世界と、守るべき何かを指し示しているような気がした。

深呼吸をして、こむぎは再びKLX450に跨がった。
館を後にし、北上川沿いの道を南へと進む。夕暮れが近づき、川面に映る光が揺れる。街の家々の間を縫うように走りながら、こむぎは心の中で静かに誓った。
「こむぎの力で誰かを、何かを守る――きっと、それが役割なんだ」


盛岡の街へ向かう道の先に、新たな出会いと発見が待っていることを感じながら、こむぎはアクセルを軽く開いた。 冷たい風が顔を撫で、太鼓の響きの余韻が耳の奥に残る。異形だからこそ見える世界。異形だからこそできること。その可能性を胸に旅は再び動き出した。


👇「第5章に進む」

Share
無料でホームページを作成しよう! このサイトはWebnodeで作成されました。 あなたも無料で自分で作成してみませんか? さあ、はじめよう