第9章 国家権力と救世主
2025年11月10日
八幡平アスピーテラインを走っていると、道路わきから3台の白バイが飛び出してきた。空気を切り裂くように、サイレンが鳴った。
背後から無線が飛ぶ。
〈県警本部より通達。
対象は疫病を媒介する恐れのあるネズミ。
発見次第、駆除せよ〉
その言葉に、迷いはなかった。
こむぎはすでにスロットルを全開にしていた。
KLX450のパワーユニットが唸りを上げ、速度計はストレートで200キロメートルに達する。だが白バイ隊は引かない。一台が真横に並び、警官のブーツが跳ね上がった。
狙いは――こむぎの身体。
「っ……!」
蹴り上げられる、その刹那。
――バイクが割って入った。
低く唸るエンジン音。
スズキのハヤブサが、こむぎの後ろにぴたりと張り付いた。
「伏せろ!」
聞き覚えのある低く太い声。
フェリーで会った、あの髭面の男――ヤベだった。
「こむぎくん、大丈夫か?」
声は耳ではなく、直接、頭の奥に響いてくる。
「えっ……ヤベさんって、エスパーだったの?」
「違ぇよ。だがな……フェリーで"日緋色金"に触れてからだ。休憩してたら胸騒ぎがしてよ。嫌な予感が骨に染み込むみてぇに」
ヤベは歯を剥き、怒りを露わにした。
「それにしてもよ……ポリ公が、ちびっ子を追い回すとぁ、落ちたもんだ。許せねぇ」
一瞬だった。
ヤベはハヤブサから身を乗り出し、仕込んでいた鉄製の棒を投げ放つ。
棒は正確に白バイのフロントホイールへ吸い込まれた。
甲高い金属音。
タイヤがロックし、白バイは制御を失って前方へ跳ねるように転倒した。

さらにコーナー。
ヤベは強引にアウト側へ入り込み、すれ違いざま白バイのカウルを蹴り上げる。
バランスを崩した車体は、悲鳴のような音を立ててガードレールへ激突した。
「ヤベさん、すごい!」
こむぎの声は、風に引き裂かれながらも確かに届いた。
「すごくなんかねぇよ」
ヤベは一瞬だけ肩をすくめた。
「本名は西田だ。若ぇ頃は暴走族でな。喧嘩に明け暮れる、どうしようもない"ヤベー奴"だった。それでヤベだ」
サイレンを響かせて追ってくる白バイは、まるで猛獣が小動物を狩っているようだった。
「国家権力である警察は、時に正義であり、時に敵となる」
いつか、お父さんが酔っぱらって言っていた言葉を思い出した。
こむぎは、まさにそれを実感していた。
前方、最後の一台の白バイが、確実に距離を詰めてくる。
「残りは一台だ!」
ヤベがアクセルを開け、ハヤブサが猛禽のように獲物へ迫った――その瞬間だった。
ガシャン!
前方道路の両脇から、重厚な鉄製ゲートが一斉にせり上がる。
交通機動隊による即席の封鎖。逃走経路を完全に断つ強硬手段だった。
「チッ……!」
ヤベは歯噛みする。
「こむぎくん、すまん!」
声が再び直接頭に響いた。
「俺が前に出たせいで、一台張り付かせちまった。ここから先は合流できねぇ」
白バイは、ぴたりとこむぎの後方につく。
赤色灯が視界を赤く染め上げた。
「頑張って逃げ切れよ」
ヤベの声は低く、だが不思議と穏やかだった。
「お前ならできる。あの石――いや、"日緋色金"が、お前を選んだ理由を信じろ」
そういうと、ヤベの脳信号通信が切れた。
こむぎは即座に、KLX450の通信機能を起動した。
「お父さん!」
《こむぎの位置情報はGPSで確認している》
落ち着いた声が返ってくる。
《前後のドラレコを通信回線に接続しろ》
次の瞬間、お父さんのパソコンに、こむぎの視界と後方映像が同時に映し出された。
「これって……警察が緋緋色金を狙ってるってこと?」
《警察というより、もっと上だ》
一拍置いて、父は言った。
《国家レベルかもしれない》
「このままじゃ……殺されちゃうよ!」
《冷静になれ》
短い沈黙。
次に飛んできたのは、明確な指示だった。
《800メートル先で右折しろ!》
こむぎは迷わずハンドルを切る。
《そこからフラットダートが1キロ続く。エンジン全開で走り切れ。白バイも無理をして追ってくるはずだ》
スロットルを限界まで開けた。
KLX450が吠え、ダートの砂利を蹴散らす。
後方では、白バイが跳ねるように追ってくる。
舗装路用の足回りでは限界だった。
《その林道は、あと30メートルで道が崩落している》
お 父そんの声が鋭くなる。
《直前でFMXモードに切り替えろ。ジャンプで飛び越えるんだ!》
「オッケー!」
こむぎは叫んだ。
「ジャンプは、得意中の得意だ!」
積み重なった石をキッカーに見立て、こむぎは一気に踏み切った。
視界が空に切り替わる。
放物線の頂点で、身体がふわりと浮き上がる。
こむぎはハンドルを強くつかみ、体を後転させた。
FMXのトリック――「バックフリップ」。
世界が上下逆さまになる。
次の瞬間、衝撃。
タイヤが大地を捉え、完璧な着地。
「こむぎのジャンプは、X-Fightersで活躍した佐藤エイゴ直伝だからね」
その背後で―― ボン!!
白バイが崖下へ落ち、爆発する音が響いた。
こむぎは振り返らなかった。 振り返る必要などなかった。ただ前を見据え、 胸元で微かに脈動する日緋色金の気配を感じながら次の目的地へと走り続けた。
――この逃走が、 もはや「偶然」ではなく 仕組まれた運命の一部であることを、まだ完全には理解しないまま。
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