第1章「太古からの輝き」
2025年12月21日
こむぎが田代峠で拾い上げたその金属は、これまで地球上で確認されてきたどの金属とも、明らかに異なっていた。
手に取った瞬間、わずかに体温を吸い取られる感覚がある。冷たい、というより――奪われる。次の瞬間、掌の奥で小さな震えが生まれ、神経を伝って腕へ、さらに胸の奥へと広がっていった。
表面は光の角度によって色を変える。深い赤から橙、やがて淡い金色へ。その移ろいは規則的ではなく、まるで呼吸をしているかのように揺れていた。
金属というより、生き物に近い。
鉄でも銅でもない。磁石は沈黙し、重さも比重も既知の数値からは外れている。耳を澄ますと、そこには確かに"何か"があった。音と呼ぶには曖昧で、言葉になる直前で溶けてしまう囁き。こむぎは無意識のうちに、その声に意識を傾けていた。
窓辺に置かれた小さな作業台。夜の闇を背に、こむぎは金属を見つめ続ける。
IQ180を誇る頭脳を総動員しても、化学的性質、結晶構造、電磁的反応――どの仮説を立てても説明がつかない。指先に走る微振動は神経を伝い、思考の奥を静かに揺さぶった。
「……やっぱり、ただの金属じゃない」
そう呟いたとき、背後で床が小さく鳴った。
「こむぎ、その金属……チタンかな?」
振り返ると、お父さんがビールを手に立っていた。
「最初はそう思った。でも違う」
こむぎは金属を差し出した。
「分析したんだけど構造が安定してない。しかもね――」
言葉を選ぶように一拍置く。
「C-14による時代測定で、縄文時代って結果が出た」
お父さんの眉がわずかに動いた。
「縄文時代……それは妙だな」
「でしょ? 縄文時代の金属片が田代峠に落ちてるなんてありえない」
お父さんは黙って金属を見つめた。光が赤から金へと揺れ、お父さんの瞳にもその色が映る。
「でも、こう考えたらどうだろう」
お父さんは静かに言った。
「縄文時代から"そこにあった"んじゃない。こむぎが来ることを知っていて、縄文時代から"ここ"に落ちてきた」
こむぎの耳の奥で、あの囁きが強くなる。
「……時間を越えたってこと?」
「いや、。"越えた"というより――」
お父さんは言葉を探すように息を吸った。
「時間がズレたんだ」
その瞬間、こむぎは杉沢村で見つけた古いこけしを思い出した。胴に刻まれていた言葉。
――「きえたのではない。うつったのでもない。ただ"ちがう時間"になっただけ」
「しかも、この金属……生体反応がある」
こむぎの言葉に、お父さんははっきりと顔を上げた。
「生体反応?」
「触れると、こっちを探るみたいに……」
こむぎは自分の胸に手を当てる。
「考えてることを覗かれてる感じがする」
お父さんはしばらく沈黙したあと、低く言った。
「……それが本当なら緋緋色金(ヒヒイロカネ)かもしれない」
「えっ!?」
こむぎの声が跳ねた。
「あの伝説の金属?」
「そうだ」
お父さんは頷いた。
「お父さんはね、昔、緋緋色金はアルミニウムかチタンじゃないかって仮説を立てて調べたことがある。生体反応があるって話も聞いた。でも誇張だと思ってた」
お父さんは金属をそっと机に戻した。
「でも……これなら納得できる」
部屋に静寂が落ちる。その静けさの中で金属はかすかに脈打っていた。
こむぎは、ゆっくりと息を吐いた。
この声を聞くために。
この意味を知るために。
この金属の謎を解くには、もう一度東北を巡るしかない。
各地に残る痕跡は、単なる鉄や鉱石ではなく、緋緋色金が何らかの法則で生成・変化・封印されている証拠だ。
「この金属は、物理的法則だけでは語れない……。反応のパターン、光の揺らぎ、微かな声の信号……すべてに意味があるはず」
地図を前に、こむぎは赤い糸でつながれた各地のピンを指でたどった。
「順番に反応を確かめながら辿る……どの地点が生成、どの地点が封印……その法則を解き明かすんだ」
未知の輝きが導く謎の旅が再び始まった。
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