第2章 静寂のフェリーで

2025年12月20日

今回の旅に備え、こむぎの相棒のKLX250は、モトワークスの手で大幅な改造が施されていた。外観こそ従来と変わらないが、その中身は別物と言っていい。


心臓部には、モトクロッサーKX450のエンジンをベースにした特別設計のパワーユニットがある。排気量450ccにスケールアップしたエンジン出力特性は別次元だ。アクセルをひねれば、一瞬の遅れもなく反応する最高時速は200キロメートル。公道では使い切ることのない性能だが、未知の地へ踏み込むための"余白"として、その力は必要だった。

通信モードも強化されている。走行中でも、お父さんとリアルタイムで会話が可能。GPSによって位置情報は常時共有され、地図上には、こむぎの現在地が静かに点滅する。


サスペンションは手元で即座に圧縮を、調整できる仕様に換装された。林道だけでなく、フリースタイルモトクロス(FMX)さながらのビッグジャンプにも耐えうる。東北の山々が何を隠していようと、このマシンならたどり着けるはずだ。


こむぎは、夜の国道を駆け抜け、苫小牧東港に到着した。闇の中、フェリーターミナルだけが海に浮かぶ島のようにぼんやりと光っている。エンジンを止めると、潮風が鼻腔をくすぐった。 静寂の中で、遠くからかすかに船の機械音が響いている。


「これから再び東北だ……」

初めての長距離フェリー。しかも船内で一泊する旅は初体験だ。19時30分発のフェリーに乗り込めば、翌朝7時30分には秋田港に着く。

乗組員が慣れた手つきでKLX450を誘導し、甲板下のバイク置き場にしっかりと固定してくれた。

荷物を背負って階段を上がると、広々とした客室とラウンジが現れた。甲板に出ると外は漆黒の海。まるで眠っているかのように、波音すら控えめだった。


「こんな景色……初めてだ」

未知への期待と、わずかな不安が胸の奥で静かに混ざり合う。

客室に入ると、見覚えのある顔があった。以前フェリーで出会った髭のライダーだ。

「おっ、こむぎくんじゃないか!」

陽気な声に、こむぎも思わず笑顔になる。

「お久しぶりです。今回もツーリングですか?」
「いや、旅っていうより……俺は"ワタリ"だな」
「ワタリ?俳優の渡哲也ですか?」
「ははは、渡り鳥みたいに、季節ごとに仕事を探して渡り歩く連中のことだよ。仲間からはヤベって呼ばれてる。それより、こむぎくんは今回もミステリーハンターかい?」

「はい。よかったら、お酒でも飲みながら話しませんか?」

「触ってもいいか?」

こむぎは静かに頷き、金属を指先で差し出した。
ライダーの手が触れた瞬間、微かな振動が伝わり、光が赤から橙へと揺らめく。

「……生きてるみたいだな」
「その表現、正しいかもしれません。光や振動のパターンを解析すると、量子レベルで情報を記録している可能性があるんです。 だから"生きた鉱物"とも呼べます」


ライダーは深く息を吐き、感心したように頷いた。

「東北の山には……まだ、こんな謎が眠ってるんだな」
「ええ。これから、いくつかの場所を巡って観察するつもりです」

「こむぎくんは、とてつもない場所に足を踏み入れようとしているのかもしれない」


こむぎは壁に掲げられた航路ボードへと視線を移した。フェリーは静かに海を進み、確実に"謎の入り口"へと近づいていく。その航跡だけが、闇の中に細く、確かな線を描いていた。


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