第3章 赤き鉱石の呼び声

2025年12月19日

予定時刻どおり、フェリーは静かに秋田港へ滑り込んだ。

「よい旅を!」


髭のライダーに敬礼して別れると、 再び東北の大地を踏みしめた高揚感が胸に広がった。しかし、その興奮も束の間、こむぎの思考はすぐに"あの金属"へと引き戻されていった。

田代峠で拾い上げた、緋緋色金と思しき未知の金属。独特の光沢、手にした瞬間に伝わる微かな震え。その感触は、こむぎの脳裏で遮光器土偶の姿と重なり合っていた。


もしも遮光器土偶に、あの金属が使われていたのだとしたら。あるいは、ほんの微量でも含まれていたとしたら、それは、縄文人が何を見、何を知り、そして何を"語らなかった"のかを解き明かす鍵になるはずだった。


しかし遮光器土偶は国の重要文化財に指定されているため、現物は東京国立博物館に所蔵されている。残念ながら実物を直接確認することはできない。

幸いなことに、お父さんの知り合いに、大学で鉱石を研究している教授がいる。こむぎは、その人物から話を聞く約束を取りつけていた。

秋田大学は、かつて日本で唯一「鉱山学部」を擁していた大学である。その背景には、秋田県内に古くから数多くの大規模鉱山が存在し、銅や銀をはじめとする金属資源の採掘が盛んに行われてきた歴史がある。阿仁鉱山、院内銀山、尾去沢鉱山、荒川鉱など、いずれも近世から明治・大正期にかけ、地域経済の中核を担った名だたる鉱山だ。


こうした歴史のもと、鉱山技術者の育成を目的として鉱山学部が設置された。しかし近年では、鉱業に限らず、地球資源やエネルギー、環境といった幅広い分野へと研究の対象を広げている。それに伴い、学部名も鉱山学部から資源系学部へと改称され、時代の要請に応じた進化を続けている。


こむぎは、関谷教授の研究室の扉をノックした。
重厚な扉が軋む音を立てて開き、身長180センチ、体重100キロはあろうかという大男が姿を現した。


「待ってたよ。もっとも、君じゃなくて緋緋色金らしき金属のほうだけどね」

冗談めかした笑みを浮かべる教授の背後には、大小さまざまな鉱石や化石の標本が整然と並び、棚の奥から赤や青の光が鈍く反射している。

研究室にはテレビがつけ放たれていた。

〈先ごろの総理大臣の発言に対し、C国は強く反発しています。尖閣諸島や沖ノ鳥島周辺の海域では、C国船とみられる艦船や公船が相次いで確認され、領海侵犯を繰り返しているとのことです〉


画面には、荒れた海を進む船影と、緊迫した表情の解説者が映し出されていた。
〈政府関係者は「偶発的な衝突の可能性も否定できない」として、警戒を強めています〉

その切迫した言葉とは裏腹に、研究室の空気は妙に静かだった。誰も手を止めず、誰も声を上げない。テレビの中だけで高まっていく緊張が現実感を持たないまま、研究室の隅で音を失っていった。


テレビを消して関谷教授が話し始めた。

「僕が石に興味を持ったきっかけはね、クレヨンしんちゃんのボーちゃんなんだ。小さな石を集めているうちに、いつの間にか化石や鉱石にのめり込んでいった」教授は少年のように目を輝かせて語る。


「東北地方は、日本の近代化を陰で支えた鉱山の宝庫だった。金、銀、銅、鉄、鉛、亜鉛...地下に眠る資源は、産業だけじゃない。人々の暮らしや信仰、土地ごとの民間伝承とも深く結びついてきた。山は恵みであり、同時に畏れの対象でもあったんだ」


「東北六県、全部に鉱山があるなんて……」

「その中でも僕をこの世界に引き込んだのが、これさ」

そう言って教授は厳重に保管された箱を開き、中から赤く輝く鉱石を取り出した。

「それって……こむぎが持っている金属の鉱石ですか?」

「たぶんね。何らかの技術で加工しようとした痕跡がある」

こむぎの手元にある金属と、箱の中の鉱石。 二つは同じ赤い光を放ち、まるで互いに呼応するかのように微かに共鳴しているように見えた。

「この謎を解きたくて僕は研究者になった。でも、わからないことだらけだ。地球上の元素とは一つとして符合しない」

「こむぎも調べました。もし隕石なら、その可能性も……」

「そうだね。超レアメタルかもしれない。ちなみに、この鉱石が発見された尾去沢鉱山は、"マインランド尾去沢"として観光開放されているんだけど、突然一般公開を終了すると発表された。誰かが、この鉱石の存在に気づいたのかもしれないね」


「武器に転用される可能性とか、危険な思想が働いているんですか?」

「有史以来、東北の鉄が争いに使われることはなかった。でも国家中枢では地球外生物の存在もすでに認められていて接触もしているらしい。緋緋色金の存在も把握されていて、よからぬことに使われるのかもしれない」

一気に話し終えると、教授は電池が切れたかのようにソファへと沈み込んだ。「鉱石については伝えた。次は盛岡で、鍛冶職人の不来方さんから話を聞くといい。東北は中央に抗ってきた土地だ。その辺りに詳しいはずだよ」

こむぎは教授に礼をいい、研究室を退室した。


こむぎのKLX450は、さまざまな機能を備えている。通信機能を使って関谷教授から聞いた内容をお父さんに伝えた。


「東北地方は古代、蝦夷の地と呼ばれ、ヤマト王権にとって"外部""異界"だった。記紀神話の記述がほとんどなく、削られた歴史や記録されなかった歴史が残りやすい土地なんだ。もしかしたら緋緋色金は"公的記録に残せない神代の遺物"として扱われ、東北が保管・封印に最適だったんじゃないかな」

こむぎは目を丸くした。
「古代の東北は、中央政権と対立していた独立した文化や高度な技術を持っていたのに、争いには使わずに負けたってこと?」

「たぶんね。中央政権が支配するようになったとき、自分たちより優れた文明があったことが知られると面子が立たないだろう」


「でも古代東北人は希少な製鉄技術を持っていたのに、なんで武器にしなかったのかな。形勢が逆転したかもしれないのに……」
こむぎは歴史の皮肉に思わず息をのんだ。

「盛岡の不来方さんに話を聞いておいで。すべての謎が解けるはずだ」


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