第7章 沈黙が選んだ者

2025年12月21日

不来方鉄器を出たあと、盛岡の夕暮れは思いのほか静かだった。繁華街のざわめきから一歩離れるだけで、街はすぐに古い呼吸を取り戻す。

石畳に乾いた靴音が落ちる。 川面を渡る風が、冷えた匂いを運んでくる。 遠く山の稜線は薄闇に溶け込み、輪郭を失いつつあった。


こむぎは歩きながら、胸元に忍ばせた緋緋色金へ、そっと意識を向ける。
布越しに伝わる微かな冷たさ。それは"物"というより、沈黙した何かの気配だった。


不来方さんの言葉が、何度も脳裏で反響する。
――選ばれたんじゃない。選んでしまったんだ。

「……でも、どうしてこむぎだったんだろう」

その問いは、誰かに向けられたものではなかった。答えなど期待していなかったからだ。

だからこそ返事は、あまりにも唐突だった。

スマホが震え、画面に〈関谷教授〉の名が浮かぶ。

「……不来方さんに会ったかい?」

「はい。全部知ってました」


短い沈黙。
電話口で教授が苦く笑う気配がした。

「だろうな。あの人は"語らない側"の最後の世代だ」

「関谷教授も知ってたんでしょう?」

問いかけに、否定はなかった。

「僕はね、緋緋色金を調べる立場にいながら、本当に大事なことほど記録に残さなかった」

こむぎは、思わず息を呑む。

「それって……」

「意図的だよ。緋緋色金、南部鉄、そして東北が"武器を選ばなかった理由"。それらは論文にも本にも書いていない」

「どうしてですか?」

「語った瞬間、それは"再現可能な技術"になるからだ」

教授の声が低く沈む。

「緋緋色金は意思に反応する。もし国家や軍事が"使う気"で研究すれば、文明を一段階壊す方向へ進めてしまう」

その言葉と同時に、胸元の金属が、わずかに冷たさを増した気がした。

「じゃあ……こむぎが持っていること自体が危険なんじゃないですか」

「だからこそだ」

関谷教授は静かに言った。

「こむぎくんは力を欲しがらない。勝つことにも、支配することにも興味がない」

「ただ知りたいだけです」

「それで十分だ」

電話の向こうで、ようやく微笑んだ気配が滲む。

「緋緋色金が反応する条件は、"欲望の弱さ"だ。皮肉な話だがね」

その瞬間、こむぎは理解した。

この金属は英雄を選ばない。 支配者も選ばない。 迷いながら問い続ける者を選ぶ。

「東北の封印は場所じゃない。思想だ。争いに使わない。誇示しない。記録しすぎない」

「でも、今は……」

「ああ。世界が力を欲しがる時代に戻りつつある」

こむぎは息をのんだ。

「だから最後の封印地が反応し始めている」

「最後の……?」

「行く場所は、もう決まっている」

スマホに地図データが送信されてきた。

「そこに最後の封印地がある」

印されていたのは、観光地でも遺跡でもない、山間の何もない場所だった。

「名前も伝承も、ほとんど残っていない。だから、まだ壊されていない」

「そこに緋緋色金が……?」

「正確には"使われなかった核"だ」

教授は低く言った。

「武器にも、神話にも、文明の誇示にもならなかった中心。東北が最後まで守った沈黙そのものだ」

窓の外で、風が木々を揺らす。山の闇が、こちらを静かに見返しているようだった。

こむぎは、深く息を吸う。

「そこに行きます」

「いいか、こむぎくん。そこでは、"正解"を探すな」

「じゃあ何を?」

「選択だ。語るのか。沈黙するのか。封印を継ぐのか。それとも、終わらせるのか」

東北が何万年も選び続けてきた問い。 それがいま、小さなこむぎに委ねられていた。


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