第6章 黒又山、石の囁き

2025年10月10日

秋田県鹿角市。

大湯環状列石――野中堂と万座、ふたつの巨大なストーンサークルが残る遺跡。まるで太古の時計のように、石は正確な角度で円を描いていた。

KLX250をそっと停めたこむぎは、草の上にバイクを止めた。林を抜ける風が心地よく、虫の声も遠慮がちにしか響かない。


「……ここが、縄文の"時間"が眠る場所か」

石たちは、ただそこに"在る"だけで、なにかを語っている気がした。

円の中心に立ち、目を閉じると――

太陽と星、季節と死者、祈りと記憶。それらすべてが渦のように混ざり、こむぎの胸に流れ込んできた。

こむぎはメモ帳を取り出し、読み上げるように心の中でつぶやいた。


《大湯環状列石メモ》

・約4000年前の縄文後期に築造

・最大直径45メートル超。ストーンヘンジと類似点あり

・夏至・冬至の太陽の昇降方向と一致する石の配置

・火葬跡、人骨、土器片の出土=葬送儀礼の場

・一部研究者は「天文観測台」「カレンダー装置」としての機能を指摘

・近隣の黒又山と関連を持つとの説も


小さな手で石の表面を撫でると、ざらついた温もりが伝わってきた。それはただの岩ではない。"誰か"の意思が宿っている感触だった。

そのとき背後の草むらからカサッと音がした。

「……ん?」

振り向くと、尾のふわふわした一匹のリスが、木の上からこむぎを見下ろしていた。くるくると目を輝かせ、前足にクルミを一粒持っている。

「……やあ。君は、ここの住人?」

こむぎが笑顔を見せると、リスはポン、とクルミを手渡してくれた。そして、こう言った。

「今夜の酒のつまみにしな」

「ありがとう、いただくよ」

こむぎは拾い上げてクルミをポシェットに入れた。

焚火の夜に、この贈り物を忘れないだろう。


きりたんぽを食べているこむぎの視線の先、丘陵の稜線に美しく尖った三角形の山が見えた。

黒又山(くろまたやま)。

「……あれが、"秋田のピラミッド"」

異様なまでに整ったシルエット。人工的すぎる勾配。地元では古くから聖域とされ、「近づくべきではない」と言い伝えられてきた。

こむぎはバイクにまたがり、林道を抜けて山のふもとへと向かった。


途中、畑で枝豆を摘んでいたおばあさんに声をかけられた。

「山に登るの?……あんまり長居しないほうがいいよ。あそこはね、夜になると石が……鳴くんだよ」

「石が……鳴く?」

「うん。ギリギリ……って、軋む音がね……"呼んでる"みたいに」

こむぎは会釈をして礼を言い、ゆっくりと黒又山の山道を登っていった。

湿った落ち葉が滑るが、こむぎのテクニックと集中力で難なく越えていく。

やがて、山頂付近に到着。

そこには、奇妙なほど規則正しく並んだ黒い石たちが地表から顔を出していた。

すべてが南東を向いている。

「……星の配列みたいだ」

思わずそうつぶやいた瞬間、遠雷のような低い音が山中を震わせた。

ギリ……ギリ……

石が、軋む音を立てていた。自然の風化音とも思えるが -違う。

こむぎの耳には、はっきりとこう聞こえた。

「ここに……なにかが……埋まっている」

地中深くから語りかけるような、ざわつく声。

こむぎの胸が高鳴った。

そのとき、背後から足音が近づき、優しい声が響いた。

「やあ、君もこの山に興味があるのかい?」

振り向くと、フィールドノートを手にした初老の男性が立っていた。登山用のリュックを背負い、学者らしい風貌。

「こんにちは。僕は札幌から来ました。黒又山と環状列石の関係を調べていて……」

「なるほど……君、見る目があるな。じつはね、ここ数年の地質調査と航空測量で、この山が"人工構造物である可能性"が高いことがわかってきたんだ」

「人工、ですか?」

男は頷き、メモを見せた。

《黒又山 人工構造説の根拠》

山体の角度が正確な二等辺三角形を構成
GPS測量で、頂点から放射状に"均等な配置"の石群が存在
地中レーダーで規則的な地層の攪乱が確認された(人工の階段状構造?)
旧陸軍による昭和期の航空測量記録にも"構築的地形"との記録あり
地元伝承「神々が石を運んだ夜、山が鳴いた」という話がある


「そして、"なまはげ"もね、黒又山のふもとの村に由来するって話があるんだ」

「えっ、なまはげと?」

「あれは"異人"を模した儀式だともいわれている。異国から来た者を恐れ敬い、山に帰ってもらう――黒又山は、その"来訪神"の降りる場所だったのかもしれないね」


こむぎは、ぐっと息をのんだ。

石、山、星、儀式、祈り。

すべてが"誰かを迎えるための装置"だったとしたら――

「この山は、誰かを"待ってる"んですね……」

学者は静かに頷いた。

「君のような旅人を、かもね」


夕暮れ、こむぎは焚火の前に座っていた。

ポシェットからクルミを取り出し、小さな手で殻を割る。コリッという音とともに、芳ばしい香りが広がった。

「リスくん、ありがとう……最高のつまみだよ」

クルミと黒ラベルの苦味。

太古と今が、舌の上で交差するような味がした。

こむぎの背には黒又山、頭上には星々。

石たちは、今日も黙ってその場にあった――しかし、こむぎには"彼らの声"が聞こえていた。


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